業界は、最もIot化が遅れている業界の一つと言われてきました。その要因は、言うまでもなく扱う対象(荷物)が著しく不定形で、人がその肉体を使って対応せざるを得ない(と、今までは思われていた)業務形態にあります。「こればっかりは人がやるしかない」と長い間見過ごされてきたのもやむを得ないのかもしれません。
いわゆる2024年問題という、いわば〝外圧〟にさらされている現状は、確かに「物流クライシス」と呼べるものではありますが、現代の最新テクノロジーはこの圧力を受け止めるに足るポテンシャルはありそうです。無人トラックやドローンといったハード面の飛躍も注目に値しますが、それらもデータの処理・連携・手配といったソフト面の基盤革新があってこそです。
本稿では、物流業界が現在直面している難題の解決に大きな貢献ができると期待されているエッジAIを中心にレポートします。
今物流業界が直面している課題は、個々の事案について細かい改善を積み上げて対応できる類のものではありません。抜本的な改変を念頭におきながら、どのような技術をマッチングさせれば良いのか。2024年問題で突きつけられている課題の解決の参考としていただきたいと思います。
2024年問題とは、報道されている通り「2024年4月から実施されるドライバーの労働時間制限」によって引き起こされるさまざまな問題のことです。長時間労働などが常態化したドライバーの労働環境の改善を目的としている制度改正ですが、今までどおりの輸送(特に長距離輸送の場合など) ができなくなるなどの現象や、運送会社などの経営にかかる多大な負荷など、流通業界全体に大きな影響があるとされています。
「・・問題」とまで表現されつつも予定通りの施行となった制度改正のメッセージを端的に表すと「流通業界の大変な部分が、今までは働いている個人にしわ寄せがいっていた部分が大きかったので、これからは人以外の対策をして健全化してください」となるでしょうか
。
国交省、農水省、経産省が中心に取り組んだ「持続可能な物流の実現に向けた検討会」によると、現状に対して何もしない場合は次のような不足が起きる可能性があると指摘されています。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大以前の 2019 年度の貨物輸送量等と比較して、
<2024年の見込み>
輸送能力の 14.2%が不足(営業用トラックの輸送トン数換算で 4.0 億トン相当)
<2030年の見込み>
輸送能力の 34.1%が不足(営業用トラックの輸送トン数換算で 9.4 億トン相当)
また、同検討会では、1運行の拘束時間の内訳について調査結果が提出されており、それによると運転時間は全体の約半分に過ぎず、荷待と荷役および付帯業務の時間をどうやって効率化するかが課題の中心を占めると考えられています。
国交省がまとめた「貨物自動車運送事業における生産性向上に 向けた調査事業の報告について」(2017年)では、物流事業における生産性向上の切り口について、次の3つのKPIが示されています。
以上の指標はそれぞれが影響しあう関係にありますが、Iotで効率化できる余地が各指標ごとにあると見られています。
状況が刻一刻と変化する流通の現場にあって、状況をリアルタイムで把握し対応に結びつけるために、とりわけ現場を注視し状況を把握する「目」の能力が問われています。
エッジAIは「カメラやセンサーが見た情報をクラウドに送って処理」するクラウドAIと違い、現場に設置された目自体が瞬時に判断していくので、コストの面でもレスポンスの面でも大きなアドバンテージを持っています。
エッジAIとは、エッジデバイス(端末)にAIを搭載したテクノロジーを指します。エッジAIを搭載する端末は、自動車や産業用ロボットから家電製品や小型のカメラのようなものまで多岐に渡ります。端末に直接AIを搭載するので、即応性やセキュリティを高めることが可能です。
クラウドAIの場合、全てのデータはデバイスからデータセンターへ転送され、そこで蓄積・計算処理されます。大量のデータを扱える反面、転送の時間ロスにより高速処理が難しいというデメリットがあります。物流の現場では状況に応じた素早い判断が必要になるため、デバイス自体が判断をするエッジAIが有利です。
また、クラウドAIにおける大量のデータ転送は、コスト面やセキュリティ面においても不利を免れません。
エッジAIは、端末にAIを搭載して瞬間的にデータを処理して結果を出せるため、細かい状況に即した判断を下すことも可能です。プログラミングしきれないほど多様なパターンが実現でき、より多くの場面でAIの技術を有効活用できるようになります。
とりわけ流通の現場で起きている事象はパターン化することが難しく、エッジ(端末)側でのAIによる素早い判断が大きなアドバンテージとなります。
エッジAIのメリットは、データ処理のレスポンスの良さの他に、通信したりクラウド上に蓄積する事がリスクとなる「セキュリティ度の高いデータ」であっても安心して扱えることにあります。流通の作業現場においては、作業者個人や荷物が特定されてしまう状況は避けなければならず、判断ポイントの一つになります。
さらに、データセンターへのデータ転送量が少ないので、通信費用が低コストで済む点も特徴と言えるでしょう。
流通の現場は常に変化していてパターン化しづらいので、現場の状況を正確に把握しながら素早く対応するという形で業務のコントロールをしなければなりません。こういった状況はエッジAIの得意とする分野です。人が対応していた確認作業や判断、情報伝達のための伝票作成などは、どんどんエッジ側でデータ処理して判断・対応ができれば格段に業務効率が上がります。
例えば、入荷時の荷姿と倉庫の空き状況をエッジAIにて監視し、最適な保管状態を維持することで、保管スペースの無駄を省くとともにピッキング・出荷・検品の効率を向上させることができます。最終的にはドライバーの手間も少なくなり、記入漏れも無く、規制対応の一環としてデータ自動取得は効果的に作用します。
また状況は刻々と変化しても、現場の物理的な位置は流通拠点の場合ほぼ固定なので設備を施設しやすいというメリットもあります。
このように流通現場の業務コントロールと相性の良いエッジAIは、前述した「荷待ち・荷役などの時間短縮」のための大きな武器となるでしょう。
AI機能を搭載したエッジデバイスにより、運送トラック車両のナンバープレートを検知/認識することで、入退出情報を受付/記録し、UI画面に作業開始および終了の実績データを自動反映します。
従来は管理困難だった荷物の積み降ろし時間の実績データを取得できることに加え、手入力による申告で起こりがちな入力忘れや間違いを防ぐことができます。また、予約情報が無い車両についても、ログとして実績データの取得が可能です。
さらに、取得データを分析することにより、ドライバーの不要な待ち時間や作業時間の短縮に貢献することができます。
高速で動く荷物の仕分け工程では、歪みなくコードを撮像できるグローバルシャッタ―方式イメージセンサーが多く活用されています。ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社は用途に合わせて豊富にラインアップを展開していますが、その中でも2.25μm画素を採用したIMX900は、Sマウント(M12)に対応できる小型光学サイズでありながらも高解像度を実現しており、小型化や高速化が進むコードリーディング領域に適しています。
作業員がARグラスを利用することで探している荷物の位置や数量を即座に確認して、確実かつ迅速に荷物をピッキングすることができるようになります。ARグラスにはそれ以外にもハンズフリー作業が可能となることによる生産性の向上と作業ミスの低減が期待できます。
また、ロボットピッキングの場合、小型・高解像度のグローバルシャッタ―方式イメージセンサーは高速に動く対象物を歪みなく繊細に撮像できるため、正確なピッキングを実現します。ロボットアームを活用した部品のピッキングでは三次元情報の算出が重要になります。
2台のイメージセンサーを使って三次元情報を得る従来の方式に対し、1台のカメラで三次元情報を得られるToF方式距離画像センサーを用いれば、コンパクトなシステム構成が可能です。
大きな物流倉庫や工場内では、目的地点まで人に代わって荷物を搬送する自動搬送機のニーズが高まっています。これまではガイド付きの搬送機が主流でしたが、近年はガイドを必要としない自律走行式のAMRが注目を集めています。障害物検知や物体追跡だけでなく、自己位置推定やマッピングなどの用途に、グローバルシャッタ―方式イメージセンサーが活用されています。
配車は長い間、人がやる業務でした。状況に応じて臨機応変に荷物・車両・人を効率的に組み合わせるには経験が必要で、なかなか類型化しづらいという側面があります。人が行うと属人化しやすいというデメリットもありつつ、なかなかIoT化できなかった分野です。
現在の物流におけるコンテナトラックの平均積載効率はおおよそ40%と言われており、その改善は2024年問題解決の重要なテーマとされています。これを大きく変えていくには人の力に頼るだけでは限界があります。抜本的な改善にはどうしても「帰り荷」「合い積み」を組み合わせなければならず、さらにこれからは「ドライバーの労働時間」も大切な要素として加味していかなければなりません。配車においては必然的に複数事業所間、協力他社間との〝やりくり〟が必要になるので、前提条件としてエッジAIによって倉庫とトラックの状況を常に正確に把握している必要があります。
三井倉庫サプライチェーンソリューション株式会社様においてエッジAI技術の活用により、物流倉庫の荷物積み降ろし場(バース)における作業効率向上を実現するサービスを開発し、11月より提供開始しました。
本サービスは当社とHacobu社、レスター社の3社コラボレーションによって提供したもので、運送トラックによる荷物積み降ろし場の利用実績の取得や作業時間の計測を自動化することにより、ドライバーの不要な待ち時間および倉庫内従業員の作業時間の短縮に寄与しています。エッジAI技術を活用したソリューションの開発/運用を支援するSSSのエッジAIセンシングプラットフォーム「AITRIOS™(アイトリオス)」と、Hacobuの提供するトラック予約受付サービス、レスターが開発したトラックのナンバープレート検知/認識結果と予約情報との照合判定を行うアプリケーションを組み合わせ、システム統合することで実現しました。
「AITRIOS(アイトリオス)」は、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社が展開する新たなエッジAIセンシングプラットフォームです。
本プラットフォームのキーワードである“AI”と、AITRIOSを通して社会に提供していく3つのS(Solution、Social Value、Sustainability)を意味する“trio S”を合わせた造語です。
インテリジェントビジョンセンサー「IMX500」は、イメージセンサーにAI処理を内蔵した世界初のインテリジェントビジョンセンサーで、高性能なプロセッサや外部メモリーを必要とすることなく、エッジAIシステムを実現することが可能です。
通常のイメージセンサーで動画を撮影する場合データの送信が多くなり、リアルタイム性を確保することが困難でした。「IMX500」は、ISP処理および高速なAI処理を行うことにより、動画の1フレーム内で全ての処理が完結します。これにより、動画を撮影しながらの対象物の高精度なリアルタイムトラッキングが可能となります。
また、ユーザーは、任意のAIモデルをメモリーに書き込み、使用環境や条件に合わせて書き換え、アップデートすることが可能です。例えば、本製品を採用した複数台のカメラを店舗に設置した場合、1種類のカメラで、設置位置、状況、時間など目的や用途に応じて使い分けることができます。入り口であれば入店者のカウント、棚であれば商品の欠品検知、天井であれば来店者のヒートマップ(人が多く集まる場所の検知)などの複数の用途に活用できます。また、これまでヒートマップの検出に使用していたAIモデルを、消費者行動を把握するために使用するAIモデルなどに書き換えることも可能です。
ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社が展開する新しいプラットフォームが「AITRIOS™(アイトリオス)」です。
AITRIOSは、クラウドが持つボトルネック(膨大なデータ量、プライバシーリスク、通信・処理・分析のレイテンシー、電力消費、サービスの維持、セキュリティの保持)を解消するために生み出された新たなエッジAIセンシングプラットフォームです。
このプラットフォームを通じてエッジとクラウドが共働した最適なシステムの開発が可能となり、さまざまな産業に対する新たな価値提供や課題解決に貢献することをめざします。
流通業界を語る時、必ずついてまわる問題点が「慢性的な人手不足」です。2024年問題が、人手不足をさらに悪化させるのではないかといった論調も見られますが実際はどうでしょうか。
そもそも、極めて厳しいドライバーの労働環境をなんとか改善して働きやすいものにしようというのが2024年4月の制度改定の趣旨であり、業界のさまざまな非効率のしわ寄せが今までそこで働く人にいっていたために袋小路に追い込まれてしまったという解釈もできる訳です。人手不足になるから単純に人を増やす、という論法だけに頼ると、結局コスト高に追い込まれることが分かりきっています。
これを機に、全てを人に頼るのではなく、Iotの力を借りて効率化(=「働きやすさ」の確保でもある)し、人手不足を解消する方向に転換していくという考え方が健全です。
エッジAIセンシングサービスにはそういった本来あるべき姿にむけて、現場を土台から変えていくポテンシャルが備わっていると考えてよいと思います。